難聴での入院をあなどるな

私の一番古い友人が2年前の冬に亡くなった。

40になったばかりの子供二人の父親が、妻も一緒に残して逝ってしまった。

耳の調子が悪いから始まり、難聴と診断され、ほんの1週間もないただの入院のはずが、逝ってしまったのだ。

普通の難聴の手術でなく、先進医療だかの画期的な治療をしてくれるという病院に入院し、明日には退院という朝に、散歩から返ってベッドに戻ってから体調が急変したそうだ。

心臓がとまり、体内の血を循環させるために機械を使ったが意識は戻らず、体や頭は膨れ上がった状態で最愛の友に逢うことになった。息をしていなかった。

病院側は原因不明と片付けたようだが、そんなはずはないのだ。ただの難聴で死んでしまうなんて、誰が想像しよう。私だったら訴訟を起こしてでも病院側の誤りを認めさせるところだが、小学生と中学生の子を持つ奥さんが、裁判となれば数年を費やして戦うことになり、その間に子供達はずっと辛い気持ちのままだと思う。

それはかわいそうだから、なぜ逝ってしまったのかだけ正直に話してほしいとだけ伝えていると聞いた。

立派だ。本当に立派な家族だ。私なら声を荒げてまくしたててしまう。

この家族の幸せを心から願っている。

ただの検査入院であっても、点滴などを受ける以上、最悪のことは考えなければいかないようだ。jメール静岡